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2007年6月

2007年6月24日 (日)

格差問題について思うこと

先日NHKで若年層のワーキングプアー問題をやっていた。東北出身の二十代後半の男性。お金が無いのでネットカフェで寝とまりし、月になんどかは野宿もする。仕事はネットで見つける日雇い労働、毎日仕事がある訳では無いので、お金がいつも数千円しかない。アパートを借りるには礼敷で二十万ぐらいだが、お金がないので住所不定生活から抜け出せないという。

NHKは格差問題、社会問題として伝えていたが、単なる自堕落な若者にしか思えなかった。

僕は大学卒業後、インド旅行の資金集めにいすず川崎工場で期間工をやった。四人部屋の住み込みだったが、4ヶ月で七十万たまった。若ければ、そういう仕事はいくらでもある。格差問題は確かに存在する。たが、個人の問題を社会のせいにするのはよくない。

金持ちは資産を運用してお金に働かせる。庶民は銀行に預けるだけなので資産は増えない。
金持ちは金融知識が豊富だ。竹中平蔵や日銀福井総裁のポートフォリオはさぞ完璧な事であろう。いま世界経済は好調である。日本の景気もいい。金融知識がある資産家はますます豊かになる。一方庶民は好景気の実感がわかない。給与も増えず、住民税も上がり投資どころではない。銀行預金だけなので、インフレも怖い。

こういうところでの格差は確実に広がっているようにおもう。

経済面から見た世界の在り方が変わってきている。インド人中国人の工場労働者は日本人の十分の一以下の給与で、同じ仕事をする。日本の会社は、外国に工場を建てて現地人を雇って現地で売ったりする。

アメリカ、イギリスなどがいい例だが、資本主義が成熟すると、物作りよりソフトや金融が経済の主役になる。またグローバル化は格差を広げ易い。

学校ではそういう点をあんまり教えてくれないように思う。インド人や中国人とも仕事面で競争するのがグローバル化だ。60年代や70年代の思考方法はもう通用しない。中学校ぐらいから、よくよく教え込んだほうがいいように思う。

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2007年6月17日 (日)

年金問題

年金記録の漏れが問題になっている。自分も二十代前半、追納した分が記録から抜け落ちているようだ。しかし、記憶が定かでなく、領収書も取ってないので、いかんともしがたい。

僕が子供のころは国鉄が存在していた。サービスは最悪だった。兄は一時電電九州の社員だったが、勤務中に風呂に入っていたという。今のJRやNTTは随分良くなった。何かと批判される区役所や郵便局も、最近はサービスがよくなって来てるように思う。

僕の印象では税務署と社会保険事務所は旧態依然としている。世間一般のサービスが向上しているので、よけいに目立つ。パタパタ、スリッパを鳴らして歩く、聞かれた事しか答えない受け身の対応。仕事を増やしたくない態度みえみえである。

今回の問題では組合の責任が大きいと思う。コンピューターを導入すると、ひとが要らなくなる。キーボードのタッチは1日五千まで。自分の不利になりそうな変化は一切受け付けない。組合的発想にはそんなところがある。こんな社会主義国みたいなやり方で今時やっていけるはずがない。労働者の権利保護は勿論大切であるが、なんとかならないものか。

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2007年6月 1日 (金)

ベトナム戦争の戦後

ベトナム戦争の「戦後」 (中野亜里=編 めこん刊)を読む。

ベトナムは旅をしたこともないし、ベトナム戦争についての知識も少ないが、当時日本の反戦運動が盛り上がり、フリーの報道写真家が活躍したくらいは知っている。

80年代後半僕が初めて出会ったベトナム人たちは日本に定住した元ボートピープルだ。彼らはベトナムの政治体制のひどさを訴えていたので、ペトナムの戦後に対してなんとなく疑問を感じていた。

報道写真家の大御所たちはベトナム戦争取材で活躍した人も多い。石川文洋さんや桑原史成さん、故人では沢田教一さん、一ノ瀬泰造さん、酒井淑夫さんなどなど。亡くなった人に関しては今もその人生がテレビドラマや映画になって小さなブームを呼んでいる。

ただ、僕の場合ベトナムへの出会いがボートピープルで当時のグエン・バン・リン書記長に批判的だったので、南ベトナムの「解放」についても、ホーチミンのような偉人に関しても、なんだかうさん臭さのようなものを感じていた。

上の世代がアメリカによる北爆に反対しベトナム人民と「連帯」しようと運動したのは理解できる。なぜなら、それは太平洋戦争中の空襲を連想するから。上の世代は実体験があるので、同情をしたのだと思う。ただ、ベトナム戦争の終結は70年代半ばである。それ以降ベトナムがどうなったかについての報告はとても少ない。もちろん90年代のドイモイ政策からはベトナムも経済的に開かれて来たので、今では観光やベトナム株の話題でベトナムの報告も多い。しかし、サイゴン陥落からドイモイまでの十数年間の報道はあまり検証されていないし、そこを重点的に撮った写真家もいない。

もっともベトナムは戦後もカンボジア進攻などずっと戦っていたので、写真家が入ろうにも共産党の報道規制が強くて入国できなかったから、という正当な理由があるだろう。

しかし、報道写真の黄金時代といった文脈でベトナム戦争を語り継ぎ続け、戦後のベトナムの状況に関心がすくなくいことや、写真家やジャーナリストを英雄的に語るのは、なんだか団塊世代?の内輪の盛り上がりみたいで、下の世代の僕にはついて行けない気がしていた。

僕が初めて外国にいった80年代後半、チベットでは民衆が中共に弾圧されていた。最初の外国がそんな風で、社会主義にうさん臭さを感じたのが原点である。その後数年のうちに天安門事件やソ連崩壊や東欧の体制崩壊がおきたので、「ああ、やっぱり」という感じで、ベトナムの体制に対しても「推して知るべし」と思っていた。上の世代のベトナム観とはえらい違いである。

ベトナム人民や南ベトナム解放戦線に連帯した人たちは今60才くらいが多いだろうか。リタイアしてベトナム観光なんかしたりしてどんな感想をもつのかな。ベトナムには行ったこと無いけど上記の本を読んで、永年の疑問も解け、ベトナムへの関心も高まった。経済の改革開放と一党独裁の点は小さな中国って感じかな? 国土全体が海沿いの分、経済が伸びてくると地理的にも条件がいいんじゃないか? 

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