2009年1月17日 (土)

年越し派遣村

年末年始の年越し派遣村を見学したときの感想。都立日比谷公園は結構広い。売店でチョコを買いオバチャンに場所を聞き、テントが並ぶ場所の入り口に。ここでボランティアらしき若者に「ここから先は炊き出しをしています!一般の方は迂回してください!」と、行く手を阻まれる。都立公園を散策したいだけなのに…言ってる意味が分からなかったので、強行突破して中にはいる。カメラは写さないで下さいと呼びかける若いボランティア。撮影禁止と書かれたダンボール。炊き出しに並ぶ中高年の男たち。自治労などの旗。なぜか男性ばかり。しかも今問題になってる派遣切りにあってる感じの人は少ないように感じた。というより南千住〜山谷あたりのドヤ住民がそのまま移動してきた感じ。集まった労働者の三倍は居るボランティアさんたち。「年越し派遣村」のネーミングでマスコミ露出していたので、非常に違和感を覚えた。ホームレスの生活保護受給を手助けする活動はとても良い事だとおもう。ただそれを政治利用するのは、どうかと思う。ある政治家が派遣村を訪れた感想を正直に話し、袋だたきにされ、謝罪した。謝る必要はないとおもう。私も現場で見て、なにやら胡散臭いものを感じた。

現代日本の貧困は目に見えにくい。バングラデシュや河南省の貧困と違って、絵になりにくい。派遣村に工場をクビになった労働者が全国から何千何万と波のように集まれば、大ニュースだ。しかし実際はそうした人でテント村に出向く人はそう多くはない。結果、雑多な失業者、ホームレスで水増し。

ただ、この映像は世相を表しているかのよーな、雰囲気が漂っているので、テレビ新聞的には使える。左の活動団体の狙い通りのイメージが流布されてしまった。

日本国民のほとんどは日比谷公園の状況はマスコミを通じて理解する。現場を取材した記者さんたちも、きっと上記と同じ違和感を感じことだろう。ではなぜそうした裏の見方を記事にしないのか?宇都宮弁護士や湯浅誠さんに心酔しているのだろか?

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2008年7月 6日 (日)

貴州省で暴動

貴州省で暴動のニュース。16歳の少女の死をきっかけに民衆が警察署を襲う。そういえば半年ほど前にも四川のある県で暴行死した少女がきっかけで暴動が起きたはず。親戚一同が怒るのは判る。でも街中の庶民が怒るってことは、普段から余程恨まれてるからだろう。

中国は各地で毎年何万も暴動が起きている。だが、批判の矛先が中央の指導者に向かう事はない。なんとも巧妙な支配体制が出来上がっている。江沢民は庶民に嫌われていた。みんな今の胡・温は大好きだ。庶民の怒りは地方の役人に対してである。

胡錦濤は皇帝だ。汚職にまみれた地方の小役人を皇帝が罰してくれる!災害があるとすぐ作業着で駆けつけてくれる温家宝は水戸黄門のようでもある。総理!おらが村の悪代官をやっつけてけろ!そんな感じが今の中国である。北京にやってくる陳情者のなかには打倒中国共産党を叫ぶものも居るには居る。だが数はまだ多く無いように思える。

本格的に体制が揺らぐには、いま少し時間がかかるかもしれない。

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2008年7月 5日 (土)

北京から無事帰国

3日前、北京から戻った。四川の地震を励ますような看板が街のあちこちで目についた。通訳の李くんの会社でも募金を募ったという。ある通りでは日本人の留学生が被災者の為のバザーをやっていた。中央電視台では四川で活動した軍隊などの報告会なる番組を流していた。画面には彼らの英雄的活動が映しだされていた。報告会場の拍手は鳴り止まなかった。国家指導者が可哀想な被災者たちを慰めて廻るシーンがニュースで繰り返し流れていた。遠くの省60歳台のお爺さんが四川に災害ボランティアに出掛る番組をやっていた。爺さんの熱い志に誰もが心打たれるといった構成の番組だった。何かしら違和感を覚えた。上に書いた事は多分それ自体悪い話ではないだろう。因みに自分は被災者の為になることは何にもしていない。

私は性格が悪いんだろうか。

中国ではマスコミは党の舌である。メディアは党の宣伝部隊である。勿論今では中国にも鋭い問題意識を持つ記者は一杯いる。核施設の破壊状況については誰もが知りたいだろう。しかし、そういった場合、党中央宣伝部は国営新華社通信の記事以外、掲載禁止の通達をだす。
かくして震災の政治利用が始まる。違和感の原因はそこにある。
一般の中国人を見る限り、前回のチベット蜂起、今回の大震災、ともに党の世論誘導は成功しているように思える。そしてますます違和感を覚える。

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2008年6月22日 (日)

追伸、秋葉原無差別殺人事件

仏教の人生観の基本は輪廻転生ですから、この人間界に生まれただけでもかなりラッキーです。またボクに言わせると、現代の日本に生まれた人は、親がどうであれ、かなりラッキーです。北欧や西欧と較べてどうか判断できませんが、ジンバブエやアフガニスタン、河南省で生まれてしまうよりはかなり幸せではないでしょうか。
日本国にもたくさん矛盾がありますが、上記の国々と較べると随分希望が持てます。

将来に絶望してる人は旅にでると良いかも。視野を広く持てます。アルバニア人のマザーテレサはカルカッタの最下層の人々と共に生きました。彼女が亡くなった時残したものは、古びたサリーだけでした。欲のある凡人にはなかなか真似出来ない生き方ですが、志の部分で少しでもマザーに近づきたいと思います。

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2008年6月21日 (土)

秋葉原無差別殺人

秋葉原に出たついでに、先日の無差別殺人の現場を歩く。路上に手向けられた花に凶行の生々しさを感じた。
昨日NHKスペシャルで加藤容疑者に関する番組をやってた。派遣仲間やメル友、またNHKに寄せられた意見では、「殺人は許せないが、犯人の気持ちは共感する」という意見が多いという。最近は収入面で二極化が激しいので、わからないでもない。

低収入の若者が絶望するのは、人生に希望を持ち過ぎるからだ。人生は死ぬまでの暇つぶし。70から80年、楽しく過ごせばいいのだ。どうせ死ぬのだから、悩まず楽天的に暮らしたい。低収入でも自分なりの価値観さえしっかりあれば、周囲の雑音を気にしないで楽しく暮らせると思う。被害妄想になってはいけない。上を見ないで下を見ろ!

それからもうひつ、今自分が持っているものを十分自己評価することだ。収入が少なく女にモテなくても、健康な体があるとか。それさえ手に入らない人が世の中たくさんいる。だいたい彼女がいない男に限って望みが高い。昔から美人は3日で飽きるという。ブスは3日で慣れる。コンプレックスをバネに出世していく人も多い。視野が狭くならないように自分の長所を過大評価せよ! 加藤容疑者は即刻死刑にして欲しいが、彼に共感する若者には以上のアドバイスを与えたい。

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2008年6月 1日 (日)

民主の行方

第二次天安門事件の時、中国の若者は民主愛国を唱えていた。共産党には趙紫陽ら右派と李鵬ら左派がいた。五星紅旗を掲げたデモ参加者は打倒共産党ではなく、打倒李鵬を唱えた。それには伏線がある。七十年代後半・巍京生らによる民主化要求「北京の春」だ。巍は捕まって15年の懲役刑に服したが、大学生らに影響を残した。

天安門事件でトウ小平は軍を使って徹底的に武力弾圧し、改革派を切った。この判断の歴史的評価は難しい。天安門に集まった人民や党内の改革派を見て、まだ任せるには時期早尚と判断したのだろうか。かくして90年代の中国は経済に明るい上海閥のもと一種の開発独裁を採るようになった。後継者に李鵬ではなく、江沢民を選んだのはトウらしい。李鵬は経済に疎かった。こうして経済第一、民主や人権は二の次の今の原型が出来上がった。

天安門事件のもうひつの原因に役人の腐敗がある。というより役人ブローカーへの怒りがデモの第一の原因かもしれない。90年代以降経済は発展したが、汚職、役人腐敗もこれまでになく進んだ。元々中国人はお金大好きである。国家指導者が「お金持ちになれる人からお金持ちになるべし」と言ったものだから、党幹部は大喜び、ポストを生かして積極的に蓄財に励んだ。その結果、現在のような超格差社会が生まれた。

庶民は理不尽な政治体制でも生活が良くなっているウチは受け入れるものである。しかし国営企業改革での失業者、就職できない大学生、土地を奪われた農民など超格差で社会の不満はどんどん高まってきた。指導者はガス抜きをしなければならない。でないと、また天安門広場にデモ隊が集結する。

こういう場合、誰でも考えつくのは外に敵を作り内部を引き締める排外主義。一番やりやすいのは、反日。他にもユーゴの中国大使館を誤爆した際の反米デモ、最近の反仏デモなど。法輪功に対する邪教キャンペーン、ダライ・ラマに対する糾弾など、全て外部に敵を作り共産党への不満をそらす手法だ。

第三世代指導者の江沢民まではそれで何とかしのげた。しかし第四世代の胡錦濤の治世はネット社会である。加えて国際社会の中国を見る目は厳しくなっている。三年前の反日デモの際、諸外国のメディアは中国政治に対し非常に冷ややかだった。今回のチベット弾圧ではさらに独裁の本質が露呈され批判を受けている。

独裁政府は国民が広場に集まるのを恐れる。しかし最近の中国はメールの呼びかけで予期せぬ事が起こり易い。第一次天安門事件は周恩来の追悼から始まったが結果、民主化運動・北京の春へと繋がった。第二次天安門事件は胡ヨウ邦追悼が保守派打倒へと目的が移った。もし第三次が起これば次は体制自体が危ない可能性がある。

現在の胡・温体制はあと四年続く。その次の第五世代は上海閥系の習近平か共産主義青年団系の李克強だと言われいる。多分どちらかが2022年まで政権を握る。22年ころには流石に複数政党制を求める声が湧き上がっているだろう。彼ら第五世代は今50歳台前半だが、次の第六世代ともなると現在四十歳台。天安門弾圧まで八十年代の民主化の雰囲気の中で多感な青春を過ごし世代だ。彼らが社会を動かし始める14年後、中国は変わるだろうか。

ソ連は崩壊するまで約70年を要した。中国共産党が権力を握って70年後というと2019年。いずれにせよその頃にはゴルバチョフ的人物が現れ、党は分裂するだろう。黙って見ていても共産中国はあと20年もすれば崩壊し、新たに民主中国?が立ち現れると思う。日本の政治家たちもそのつもりでのんびり構えていた方がいいんじゃないか。

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2008年5月31日 (土)

おから工事

四川大地震はチベット弾圧の報いと発言した米女優が批判されている。流石にこれは言っちゃいけないでしょう。あちこちで校舎が崩壊し、子供が大勢死んでしまった。役所は大丈夫でも、学校は壊れたケースが多いらしい。中国、特に地方は教育にあんまり投資をしない社会で、小学校の先生の給料などはものすごく安い。内陸農村部では老朽化した学校も多くお金もないので、「希望工程」などの寄付金で建て替えたりしている。義務教育とはいえ学費、場合によっては寄宿費用と農民には大変な金額なので借金して中学卒業がやっとというケースも多い。加えて地方共産党員の汚職体質。今回もコンクリートに石や廃材を混ぜた「おから工事」が指摘されている。予想外の自然災害で建物が倒れ大変なのは分かる。でも役所は大丈夫で子供たちがいる学校が倒れてるんだから親は怒るよな。ましてや一人っ子が多いんだし。いつも泣くのは老百姓の感。中国は有人宇宙飛行や五輪など国威発揚にはお金をかけているが、もっと基本の義務教育なんかにお金を費やすべきではないだろうか。話は戻るが、今回の地震が大きすぎてチベット弾圧のニュースが流れなくなった。拘束された何千人ものチベット人たちは今頃どうしているだろうか。

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2008年5月25日 (日)

官と民

四川大地震のニュース映像で援助物資を巡る小競り合いが起きているのを見る。軍が援助物資を横流しすると思い被災者たちが暴れたらしい。普段から地方の小役人や軍関係者が全く信用されていないのが見てとれる。以前、取材した河南省のエイズ村では、地元の共産党書記が、全国から集まった善意の寄付を着服して逮捕されるという出来事があった。そういうのは氷山の一角という気がする。そういえば温家宝首相は何年か前の旧正月にエイズ村を訪問し患者たちと一緒に餃子を食べて親民政治家振りをアピールしていた。しかし、手厚い保護を伝える一連の報道は全て演出されたものだったという。
今回の四川大地震の日本の救助隊に関する報道も共産党宣伝部の方向付けが見え見え。天安門事件後の天皇訪中から国際関係の改善を図った中国。北京五輪では皇太子の訪中でも要請するのかな?チベット問題での鈍感振りを思うと、日本の首相が申し出を受けそうで怖い。

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2008年4月27日 (日)

用語上の違和感

 チベット報道では語句の用法に違和感を感じることが多い。暴動と言うより蜂起と言った方が正しいと思う。新華社の発表は勿論暴動という表現だろうが、日本のマスコミが中国政府の見方に立たないでも良いと思うのだが...。チベット人一揆でも悪くない。
 
 甘粛省のチベット人居住区、四川省のチベット人居住区といった言い方も個人的には違和感を感じる。中国の見方ではいわゆる西蔵自治区だけがチベットであるかのようだ。チベット人の国土感では、いわゆる西蔵自治区と周辺のチベット自治州は本来切り離せないものだ。チベット人はチベット三州という言い方をする。ラサやシガツェなと中心部をウ・ツァン、チャムドやジェクンド+いわゆるカンヅェ蔵族自治州周辺をカム、青海の大部分と甘粛南部からギャロンの草原地帯をアムドと呼ぶ。

 アムドとカムの大部分が中国の支配下に入ったのは、雍正帝のチベット分割によるものだから、18世紀以降。但し清朝では実際の支配は現地のチベット人土司(世襲のチベット人豪族)に任せていた。中華民国時代、カンヅェ(甘孜)蔵族自治州はは西康省と呼ばれたが、その時期でさえ中国が西康全域を直接支配していた訳ではない。中国政府とチベット政府の戦争で国境線は何度も動ていた。現行の自治区と自治州に分割された版図は六十年代に共産党が書き換えた地図だ。そうした歴史的経過を踏まえた上で報道してくれないものか。

 四川省のチベット人というと、何か漢人とチベット人が混ざり合って仲良く住んでるみたいだが、タルツェンド(康定)を境に東の低地に漢民族、西の高地にチベット民族と本来分かれてすんでいた。中国人地区から二郎山を越え、いわゆるカンヅェ蔵族自治州に登ると劇的に風土が変わる。

 チベット語で中国人はギャミ、チベット人をプバという。チベットを分割支配しても、チベット人にはギャとプの区別しかない。共産党はチベットの同化(漢民族化)を進めているが、同化を強めるほど反発が強まるのは当然だ。

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2008年4月26日 (土)

聖火リレー

 仕事に行く途中、携帯のワンセグで長野の聖火リレーの様子を見る。長野駅前で萩本欽ちゃんにペットボトルか? モノが投げられる。その後福原愛ちゃんも襲われそうになる。NHKのアナは聖火は無事リレーされ云々いっているが、テレビでみるかぎり全然無事じゃない。とはいえ火炎瓶でも投げ込まれ選手が火だるまになっては可哀想なので、欽ちゃんがひるむ位で丁度良かったように思う。長野では善光寺がチベット人弾圧を理由に出発地を辞退したのが、久しぶりに爽やかなニュースだった。日本では長いモノには巻かれろ的対応が通常だが、日本の僧侶も棄てたものではない。

 今回の五輪、まず北京でやること自体に無理がある。IOCのサマランチ元会長に責任があると思う。経済発展に目を奪われ、独裁国家の本質が見えていない。

 とはいえ一連の騒ぎ以来、チベット問題が日本でも普通に取り上げられるようになって良かった。以前は朝日新聞、NHKなどはチベット問題には非常に冷淡だった。最近は一応取り上げてくれるだけでなく、週刊朝日などは中国に対しかなり批判的だ。

 メディア内部でも世代交代というか、加藤千洋、筑紫哲也、田原総一朗のような中国シンパが高齢化して来ていて、若い一線級の記者は左の思想に懐疑的。最近はネット論壇もあるので、大手メディアが世論をリード出来る時代でもない。

 僕が残念に思うのは日本に住む留学生たちの動きだ。中国本土の漢民族がカルフールのボイコットなど愛国活動に熱心なのは仕方がない。彼らの情報は完全に共産党にコントロールされている。ほとんどの漢民族はチベットの歴史、ダライ・ラマなどについて何も知らない。無知で愚かしく思えるが、現状仕方がない。しかし外国に住む留学生は色んな情報に接することが出来るはず。チベット人弾圧に同情的な人もいることを信じたいが...。やっぱり愛国教育はなかなか抜けないのだろうか。外国へ出て学校の勉強以外に、民主国家の批判精神のようなものも学んで欲しい気がするが...。今回のように世界中が白けているのに世界の漢民族だけが盛り上がっているのをみると、漢民族の民度の低さが露呈されて残念だ。

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